スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--:-- | スポンサー広告 | page top↑
中国旅行徒然記(その3)
2010 / 10 / 01 ( Fri )
日露戦争や日中戦争と深い関係のある大連(旅順区)には、数多くの歴史的な遺跡が残されています。

今回は日露戦争当時のロシア軍要塞の一部であった「西砲台」と「東鶏冠山」、それと日中(日清)戦争と関係の深い「万忠墓」と「旅順刑務所」を訪れました。

平地から見上げる高台(西砲台)は、特に変わった感じはしませんでしたが、高台に登ってみると様子は一変し、旅順港を一望の下に見渡せる景観が広がると共に、平地からは隠蔽されている大砲群と要塞がしっかりと残されておりました。

IMG_1324.jpg

「東鶏冠山」は旅順要塞の要ともいえる「松樹山」「二竜山」と共にその一翼を担う大要塞で、堅牢な地下壕は当時のまま残されており、周囲のコンクリート豪には日本軍兵士が撃ったと思われる無数の弾痕が残されておりました。

IMG_1418.jpg

ロシア軍の重機関銃陣地でその機関銃を手にとって見ると、約100年後に日本人である私が日本人兵士を多数殺戮したであろうその陣地に立っていることに、何とも言いがたい感慨を持ちました。

また巨大な大砲の後ろは旅順港と街が一望の下に見渡せると共に、大砲の正面には広い平地が広がっていて、数万人の日本軍と対峙してこの地を守っていたという実感が持てました。

IMG_1440.jpg

当時の第三軍の乃木司令官や伊地知参謀長らが、開戦当初海軍が要請した旅順港を見渡せる「二百三高地」を攻めずに、こうした大要塞を正面から肉弾攻撃しては、日本兵を大量に死に追いやった「無益な殺生」を繰り返した愚かさに思いをはせたりしました。 

「万忠墓」は日清戦争のときに、日本軍が中国人民や軍人らを無差別に約18000人を虐殺し、その遺骨が葬られている場所とのことでした。

館内には当時の新聞記事や写真、絵画が展示されていて、それらの遺骨の一部も棺に納められて展示されておりました。

「旅順刑務所」は、HP「大連旅順口観光ネット」によると次のような説明がありました。

初めは「関東都督府監獄署于」と呼ばれ、1920年「関東庁監獄」に変えられた。
また、1934年 は「関東刑務所」と呼び、1939年には「旅順刑務所」と呼ばれた。
この監獄は同時に2000数人を拘禁することができ、当時、沢山の愛国志士や共産党員や罪がない庶民達が、ここで残虐な体刑と苦難を受けていた。
その中の多くは中国人で、反戦の日本人や朝鮮人などもいた。
伊藤博文(朝鮮元凶、日枢密院長)を撃ち殺した朝鮮の国愛志士安重根も、ここで拘禁され亡くなった。
一体ここで何人が殺害されたのか、きりもつかない。
1942年から1945年までの間、絞首刑室で遭難した人だけでも700人余りいた。


拷問器具の展示も衝撃的でしたが、一番の衝撃を受けたのは絞首刑室でした。

IMG_1615.jpg

出発直前の8月27日に、法務省は東京拘置所(東京都葛飾区)内に設けられている「刑場」を、初めて報道機関に公開しましたが(それでも衝撃的でしたが)、まさか中国の旅行先で実際の刑場を見ることになるとは予想だにしておりませんでした。

IMG_1620.jpg
(処刑室へ続く道)

「旅順刑務所」を見学するときにも、刑場は非公開だと思っていたのだけに衝撃でした。
しかも凶悪犯罪者ではない多数の人々が、日常的に処刑されていた場所だったので、なおさらでした。

IMG_1628.jpg
(処刑室の建物)

日本の敗戦の翌日の8月16日にも4人の処刑が行われたとのことでした。

IMG_1627.jpg
(ここで処刑された人たちのことが記された看板)

刑場の作りが東京拘置所のそれとあまり違っていないことに、東京拘置所(東京都葛飾区)内に設けられている「刑場」のルーツを見る思いもいたしました。

IMG_1623.jpg
(絞首台の下がガラス張りで見えるように改修されていましたが、処刑後に遺体が納められる桶が置かれていました。) 

IMG_1625.jpg
(実際に使用されたロープが展示されており、小さな血痕が付着しているそうです。)

IMG_1624.jpg
(桶の中の人骨は本物で、実際に処刑された人が納められているそうです。)

処刑後の遺体の処置の様子が、他の建物の中に展示されておりました。

IMG_1629.jpg

処刑された遺体は、同じ囚人の手によって密かに運び出されて埋葬されたそうです。

IMG_1632.jpg

埋葬された場所は幅が約100メートルで五段にわたっていたそうです。

IMG_1631.jpg
(実際に埋葬されていた遺体の一部を、刑務所内の展示室に移してありました。)

それにしてもこうした施設があった事を、ここに来るまで知らなかったことを恥ずかしく思いました。

ここで処刑されていった人たちの思いを想像すると、いたたまれない気持ちになりました。(合掌)


追記

明日の10月2日(土)は
「ハッピー&リッチ アパート経営フェスタ2010」
http://fudousantoushi-ec.com/festa2010/
に参加させていただきますが、このブログでお分かりのように夏から3ヶ月あまり、ずっと不動産投資や賃貸経営そっちのけで遊び呆けていて頭脳や気持ちが遊びモードのままでおりますので、お役に立つ話ができそうもないと少々後ろめたく思っていました。

そうした中で、本日以下のようなメールを頂戴して、私のような遊び人と会うことを楽しみにしている人がいることを知り、気持ちが少し前向きになりました。(笑)

この場をお借りして御礼申し上げます。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

山田里志 先生 様 

お世話になります。
2ヶ月程前にCDを購入させていただきました、Yです。

CD,何回も聴き直させていただきました。
12枚目に至っては、車の中で100回以上聴講させていただきました!

私も感じるもの多く、たいへん勉強になりました!

明日のフェスタに山田先生も、ご参加との事。

私も、恐れ多いながらもボランティアスタッフで参加させていただきますので、お時間あれば、ぜひ、ご挨拶させていただきたいと思い、メールさせていただきました。

恐れ多いのですが、よろしくお願いいたします!

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

T(草津のリゾートについて返事いただいた者) :

山田様大変忙しいなかメールにて返事を頂き、ありがとうございました。

山田さんは、たぶん全国からメールるだけでも何万件と届くこともあって、後になってたぶん私の片手で時間だけかけてキーボードをたたいて印字した何行かの内容など見ても、目にとめてくれないだろうとあきらめていたところでした。

驚きながら妻を呼び止めふたりで、山田さんおすすめのリゾート物件サイトへ進んで夢を少し広げてしまいました。

10/2(土)九段下の公演「フェスタ」2010へ参加します。
楽しみにしています。

私も山田さん(先生)のような専業大家になるため、山田さんの本(すべて購入)などで学習しながら5物件を営んでいます。

1年後、自分のセンスで経済的に自立していける、そんなステージに立っていこうと意志を固め、本気で進めています。

同世代の山田さんが何かに向かって燃えていることの素晴らしさを伝えていただいているように感じています。

いつか名刺交換ができたらうれしいです・・・。

 
私はただのしょぼいおじさんで「恐れ多く」など決してありませんし、「全国からメールるだけでも何万件と届くこと」もありませんのでお気になさらず、また参加される皆様もお気軽にお声を掛けてくださればと思います。

なおまだ遊びモードのままでおりますので(この後は草津温泉に「紅葉狩り」に行く予定でおりますので)、私の話は適当に軽く聞き流していただければ幸いに思います。


  
スポンサーサイト

テーマ:アパート・マンション経営 - ジャンル:株式・投資・マネー

19:20:04 | 未分類 | コメント(0) | page top↑
<<「ハッピー&リッチ アパート経営フェスタ2010」 | ホーム | 中国旅行徒然記(その2)>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。