スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--:-- | スポンサー広告 | page top↑
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。(その1)
2008 / 06 / 01 ( Sun )
『月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やゝ年も暮、春立る霞の空に、白川の関こえんと、そヾろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて取もの手につかず、もゝ引の破をつヾり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより、松島の月先心にかゝりて、住る方は人に譲り、杉風が別墅に移るに・・・・』(「奥の細道」の序文より)

300年前の俳人松尾芭蕉は、当時は晩年期である46歳で、およそ5ヶ月をかけて奥の細道(東北・北陸)を旅してまわりましたが、その旅の目的には芭蕉が尊敬して止まない西行や宗祇,能因法師の足跡を訪ねるという師への思いがあったとされますが、それと同時に限りある人生や自分自身を見つめなおすという思いもあったようです。

この文面に接すると、人生(命)に対する無常観やいとおしさや旅に対する郷愁が沸き立ちます。
46歳で旅に出た芭蕉は、その5年後の51歳でこの世を去りました。

通称「リヤカーマン」こと冒険家の永瀬忠志氏(51才)は、重いリヤカー(150~200kg)を引いて31年間で26カ国、44000kmを冒険してきました。

30歳前後の頃には4年間高校の教壇にも立ちましたが、一週間、一年間があっという間に過ぎていき、振り返ったときにはほとんど思い浮かぶことがなかったといいます。

「旅をしていると時間がなかなか過ぎない。一日がなかなか終わらない。一年間が終わったときに、その一年間は10年間生きていたぐらいの時間の密度に感じる。」
と、冒険という凝縮した時間の中に自分の居場所と生きる証を見出していました。

「動かないリアカーを無理やり引っ張ることが何で楽しいのか。何でこんなことをしているんだろう。楽しくも何ともない。ただ今旅が終わって振り返ったときに、その時間がいとおしい。いい時間だったなーと思います。」
とTVの中で語っていた言葉が強く印象に残っています。

ある人がブログの中で、このリアカーマンの徒歩旅行について、ご自分の体験を踏まえて以下のような内容を書いていました。



(前略)歩き旅は贅沢である。
四国遍路のとき、1日のうちで考えるのは、

・今日はどこまで行こうか
・今日は何食べようか
・今日はどこに泊まろうか

これだけである。原始的である。
肉体的にはしんどいが精神的には楽である。
ストレスのない時間を生きている。
ゆるやかに時間は流れる。

そのゆるやかな時間の中で、
周囲の景色や足元の道をじっくりと眺めながら進んでいく。
するとなぜか、
自分が歩いてきた場所がまるで我が物のように思えるのである。(後略)



山田も、人生そのものが旅のようなものならば、全国を巡る旅暮らしをしてみたいと思うようになりました。
大学生のときに自転車で東北一周旅行をし、30代のときに乗用車で北海道一周旅行をした延長で、以前から日本全国を漂白の旅に出たみたいと漠然と考えていました。

また耕運機に乗ってリアカーを引っ張り、日本一周旅行をした若者の体験記とか、北海道から道産子に乗って鹿児島まで日本縦断旅行を行った「馬のゴン太の背にゆられ」などの著書を読んでは、こうした気儘な旅に憧れを抱いていました。

「予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ」
と、そうした漂白の旅への想いが、リタイアして時間が潤沢にできた今、再熱してきました。

ただし山田は軟弱なので、芭蕉やリヤカーマン氏のような辛く厳しい冒険や徒歩の旅は避けて、文明の利器である車を駆使した快適な気まま旅を考えています。

つまり肉低的にも精神的にもしんどくないと思われる、軟弱で快適な旅です。(その2に続く)

スポンサーサイト

テーマ:不動産投資 - ジャンル:株式・投資・マネー

00:05:00 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
<<月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。(その2) | ホーム | 入居者の大移動(転居)>>
コメント
----

ボクも大学生の時に自転車で北海道を一周して、東北を縦断しました。

大学院の時は1年強かけて、世界一周をしました。

30歳頃には1ヶ月かけてインド一周もしました。

2ヶ月、バリやロンボクでぶらぶらしていたこともあります。

ぜいたくな時間だなーと。

今はサラリーマンの上に小さい子もいますので、そんな贅沢はできませんが。。。

改めて芭蕉の文を読ませていただいて、何やら新しい思いをいだきました。芭蕉にとっては死ぬ前の旅だったんですねー。。。
by: ミカオ * 2008/06/01 00:43 * URL [ 編集] | page top↑
--すばらしい体験ですね!--

>ミカオ様へ
コメントありがとうございます。

一年強をかけて『世界一周』だなんて、すばらしいことを成し遂げましたね。

それに比べれば山田の『気まま旅』なんて、すぐにでも実行可能な事のように思えて、モチベーションが上がります。

もう若くは無いので(何せ芭蕉の享年を超えていますので)、限りある生がじっくりと味わえるような、そんな旅になればと願っています。

「エイッ!」と出発してしまえば、あとは旅の空の下、未知の世界(新しい体験)が広がっていくような気がして楽しみにしています。

by: 山田里志 * 2008/06/01 01:10 * URL [ 編集] | page top↑
----

なんだか足が痒くなってきて旅にたちたくなりました。
最近落ち着いた生活をしているので旅と言う響きに、郷愁を感じます。
私は以前海外をぶらついていた時期や、日本をぶらついていた時期があります。

その時は時間が本当にゆっくり流れていました。今、日本で暮らしていると、一週間があっという間、一年もあっという間。

いたずらに流れいく時間に対して恐怖すら覚えます。
by: 星輝 * 2008/06/01 14:26 * URL [ 編集] | page top↑
--同感です--

>星輝様へ
コメントありがとうございます。
星輝さんも海外経験がおありなのですね。

私はパスポートを持ったことが無い程の、心理的鎖国人間です。
日本全国の気ままな旅が体験できたら、もしかしてパスポートを取得したくなるような、心理的開国人間に変身するのかもしれませんね。

リタイアしてからのこの2年間が、一瞬のように過ぎてしまったので、
>「いたずらに流れいく時間に対して恐怖すら覚えます。」
を実感しています。

だから漠然としたこうした旅を計画したのかもしれません。
少なくとも、実現できたら、今よりも素敵な時間を過ごせるだろうし、読書では得られない見聞が広げられるかもと思っています。
by: 山田里志 * 2008/06/01 15:38 * URL [ 編集] | page top↑
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://wbs96425.blog118.fc2.com/tb.php/104-58d0adf1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。